新町店の茶寮のお知らせ
ー甘露 ご挨拶ー

これまで「餅匠しづく」では、
お客様が自由にお越しになり、
好きなお菓子を選び、
好きなお茶を飲み、
それぞれの時間を過ごして頂くことを大切にしてきました。
それは今も、
私たちにとって変わらず大切な在り方です。
ただ、新しく始まる「甘露」は、
少しだけ違う時間をつくりたいと思っています。
大阪という、
情報も音も絶え間なく流れ続ける街の中で、
ほんの少し神経を休ませるための場所です。
京都のような歴史的な静けさでも、
自然の中の静寂でもありません。
むしろ都会の真ん中だからこそ、
人は深い静けさを必要としている。
私は、そう感じています。
甘露には、小さな躙口があります。
身を屈め、
一度呼吸を整え、
少しだけ外の速度を置いて入っていただく入口です。
人は躙口をくぐる瞬間、
無意識に息を止めます。
それは、
この場所に入る人たちが、
同じ呼吸で時間を始めるということでもあります。
茶の湯には
「市中の山居」という言葉があります。
街の中にありながら、
山に籠るように心を静めるという意味です。
甘露もまた、
大阪の街の中につくる、
小さな「市中の山居」でありたいと思っています。
私たちが目指しているのは、
ただ静かな空間ではありません。
呼吸や間、
光や香り、
器の余白に至るまで、
神経が少しずつほどけていくための
「静けさの設計」です。
だから甘露では、
予約制という形を取らせて頂くことにしました。
たくさんのお客様をお迎えするためではなく、
一つの時間を、
丁寧に澄ませるためです。
お菓子もお茶も、
ただ“食べる”“飲む”だけではなく、
香りや温度、
器の余白、
静けさまで含めて味わって頂きたい。
そのため、
甘露ではコースという形で、
こちらで流れを整えながらお迎え致します。
また、
甘露は静かな呼吸や空気感そのものを
大切にしている空間のため、
小学生以下のお子様のご入店は
ご遠慮頂いております。
お子様を否定したいのではなく、
誰かが無理をするのでもなく、
その場にいる皆さまが、
安心して静けさに身を委ねられる時間を守りたい。
そのような想いからです。
敷居を高くしたいわけではありません。
ただ、
今の時代に本当に贅沢なのは、
刺激ではなく、
静けさなのではないかと思うのです。
「甘露」という言葉は、
もともと仏教の言葉です。
サンスクリット語では
「アムリタ(amṛta)」。
“死を超えるもの”
“不老不死の霊薬”
そんな意味を持つ言葉でした。
それは単なる甘味ではなく、
乾いた心や、
張り詰めた命に静かに染み渡る、
救いの雫のようなものだったのだと思います。
だから私は、
甘いものとは、
ただ嗜好を満たすものではなく、
神経をほどき、
人を少し生き返らせるものだと思っています。
甘露は、
何かを「足す」場所ではありません。
情報を増やす場所でも、
刺激を求める場所でもない。
少し削ぎ落とし、
少し静まり、
自分の呼吸を取り戻す場所です。
街の中で、
ほんの少し呼吸を深くするために。
静かな時間を、
ご一緒出来れば嬉しく思います。
